好きなものを人に話すときはちょっと緊張する。だからなんだって言うのさ、という反応をされはしないか。え、そんなもの好きなの、と変な目で見られる可能性はないか。あるいは、私の方がこんなに好き、あなたたいしたことないわね、と思いがけずダメだしをくらうこともありうる。いちばんこわいのは相手が実はいじわるだったりして、好きなものを横取りされてしまうことだ。だからほしいものは極力口に出さない。そして人知れず防衛策を講じておく。これ大人の原則。 しかしそうやって秘密にしているのは、なんだか姑息な外交手段に似てはいないか。ほしいものをほしいと言わず、好きなものには気のないふりで、それなのに影でせっせと腕力を鍛えて相手を威嚇している。いきつく先は戦争だ。そうなったら大変だ。世界に平和を!これからは好きなものを日々たからかに宣言することにしよう。 きれいなおねえさんが好きだ。居酒屋で「すみませーん」と声をかけて、「はあい」と振り返った元気な女性がきれいだとうれしい。会社の受付やデパートのインフォメーションデスクにも美人がそろっている。案内板を見ればわかるようなことでも、ついおねえさんに聞いてしまう。男性だったらあやしまれるところだが、私なら大丈夫だ。おねえさんに笑顔をふりまかれ、にへらにへらしながらばかなことのひとつでも言ってちょっと笑わせて、きれいですねえ、きれいですねえ、と心の中で繰り返す。そっちの方がよっぽどあやしいが、そこは同性の特権で大目に見てもらえる。 果物は柑橘類が好きだ。みかんは青いうちがいちばんおいしい。十二月頃からは少々甘ったるくなってくるので、気分転換にはっさくを食べたりする。みかんみかんはっさく、というサイクル。子どもの頃は冬になると柑橘類ばかり食べて手がまっ黄色になり、学校ではみかん菌がうつるとおそれられた。最近ではいろいろなみかんの仲間たちが売られている。横綱のまわしのような帯をつけた紅甘夏、ぶさいくであればあるほどおいしいデコポン、ちょっとすました清見オレンジ。よく行く八百屋ではこのあいだ、隅の方に美生柑が隠してあった。これは愛媛の農家に一本だけ生えている木からとれたものですからねえ、高いですよ、ともったいぶっていたわりには結局一袋五百円で売ってくれ、しかしそれは本当に奇跡のフルーツだったのだ。張りのある一房を口にふくんだときのおいしさといったら。 それから、雑誌は薄い方が好きだ。アンアン、クーネル、ハナコ、薄ければおよそ何でもいい。フィガロジャポンはいつも気になるが、手に取るだけで買わずに帰ってしまう。寝転がりながら腕でささえてずっしり重い雑誌を読み、ちょっとひと休み、と胸の上に開いたままのせて昼寝をするも息苦しくて目覚めてしまう、なんてところを想像すると気持ちがしずむ。やはり雑誌は軽いにこしたことはない。 シュークリームも好きだ。ひいきにしているケーキ屋さんではさすが、自家製シュークリームを売りにしていて、その場でクリームをパフにつめてくれるのだが、あるとき珍しく売り切れていたことがあって、その日はずっとなんだか悲しかった。 犬は大きい方がいい。耳がたれていて茶色くて毛がもさもさしているとなおのこといい。でも白くてふわふわしている大きな犬も、卒倒してしまいそうなくらいかわいい。 友達はやっぱりおもしろい人がいい。げらげら笑いが止まらなくなって疲れてちょっとひと眠りするわと言って昼寝をして起き出してきておなかすいたねとごはんを食べながらまたげらげら笑うようなつきあいがしたい。そうだ恋人ともそんな関係がいい。ちなみに昼寝をするなら枕は大きい方がいい。 長袖の袖は長い方がいい。もしも世の中の人がみんな自分の腕に対してちょっと短めの袖の服を着せられたら、たぶんなんとなくいらいらしている人が増えるだろう。緊張したときにこっそり手の汗を吸いとってくれるものもなく、それに手首に風があたると案外つめたい。他はいいけど袖だけ短い、という服をすすめてくるショップの店員さんには、それがきれいなおねえさんであっても、いくらかむっとしてしまう。 車は黄色がいい。なんとなく。自転車なら赤がいい。自転車屋さんに行くとどうしても一番安い、銀色のものを選んでしまうが、いつかぴかぴかの真っ赤な自転車で草原を駆けぬけたい。その場合の季節は夏がいい。 冬に思う夏もとてもいい。寒いなあ、これが夏だったらなあ、と思いながらガラスみたいに澄んだ夕空の下を歩いていると、頭の中にシダ植物がだんだん茂っていく。さまざまな植生が入り乱れてきて、わしゃわしゃわしゃっとものすごい勢いで伸びていく蔓、蔦、草。じっとりと汗ばんだ脳に木枯らしがふきぬける爽快感。 好きなものはまだまだある。そしてそれは日々進化している。好きなもの宣言を聞く人の反応もさまざまだろう。私のシュークリームを横取りする人がいる一方で、もしかしたらなにかの機会にプレゼントしてくれる人がいるかもしれない。だからときどき損をしても、それはそれでいい。
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Rumi Hara原 瑠美 Archives
March 2015
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